学校歯科健診の不正咬合チェックについて

私は平成8年からしばらく、新潟市歯科医師会の公衆衛生委員会の委員を務めていました。その後、三条の吉野・すぎやま矯正歯科の院長になったため、三条市歯科医師会に入会させていただき、ここでも数年間公衆衛生委員を務めさせていただきました。(今は公衆衛生委員会というものはなくて、地域保健委員会と名前を変えています。)
そんな中で、歯科検診の現場の状況や問題を、少し多く見る機会がありました。
健診は多くの歯科医の先生たちが、虫歯や歯周病などの有無や程度の判断基準を共有し、健診の対象者の方を診断する作業ですが、やはり多かれ少なかれの診断基準の差が出てきます。それでも虫歯や歯周病の健診誤差は、あくまで診断の誤差なので、大きな問題になることは少ないようです。(今のところ)
 さて、10数年前から、学校歯科健診でも不正咬合のチェック項目ができました。そして、実はこの不正咬合の項目が、チェック項目ができた当初から、現在までたくさんの問題を抱えています。
 不正咬合を病気として扱うかどうか?ここにまず大きな判断基準の差があります。不正咬合の中で顎変形症という診断名がつけば、保険診療が可能な病気としての扱いとなります。しかし、この顎変形症という病名をつけることは、小学生(場合によっては中学生でも)では、将来の成長後の状態がまだわからないため、不可能です。ですから、小学生や中学生のほとんどの不正咬合は、自費治療になります。
 一般に自費治療は病気でない治療に対して行われます。では、小学生や中学生の不正咬合は病気ではないのでしょうか?もちろんすぐに命には関わらないでしょう。しかし、やはり治すべき不正咬合は存在するし、いつかは治さなければいけないであろう不正咬合も存在するであろうと私は信じています。なぜなら、咬み合わせは、顔の形や食生活に大きな影響を与えるからです。たとえば反対咬合という咬み合わせは、前歯が反対にかみ合っていて、前歯でものが噛みにくいのですが、これは単に噛みにくいだけではなくで、正常な咬み合わせの人に比べて顎の動かし方が全く違うものになります。具体的には、反対咬合の咬み合わせは、顎を横に動かしずらくなります。縦の方向にしか顎を動かせないので、食べ物をすりつぶす能力が落ちます。ですから、食べ物を一生懸命食べようとすれば、いつまでもだらだらと食べる場合も出てきますし、噛むのが面倒臭くなって、あまり噛まずに飲み込む場合も多々あります。
その状態が成長期のものであれば、やはり子供の将来に大きな影響を与えることは、容易に想像できることです。
ある先生と話した時のことですが、「不正咬合は自費治療だから、健診でチェックをつけづらい」とはっきり言われていました。また、ある矯正医の先生は、「咬み合わせを学校健診でチェックすること自体間違いだ」と言って、すべてを健全としてチェックをすると言われていました。また、学校側の対応としても、「矯正治療は自費治療だから、毎年不正咬合にチェックされても、治療勧告を出しにくい。だから、一度だけしか治療勧告を出しません」などというケースもあります。そんな体制の中で、何も問題が起きなければよいのですが。やはり問題が起こってきます。明らかに早めに治療を始めたほうが良い人まで、学校健診で不正咬合にチェックをされなかったために、もしくは一度だけしか治療勧告を受けなかったために、顎の変形がどんどん進み、将来矯正治療のために、多数歯の抜歯が必要になったり、場合によっては手術が必要になったり、顎の関節が変形したり、未発達になったりしたと考えれらる人が、現実にいるのです。
「矯正治療なんかしないほうがいい」と考えている歯医者さんもいますし、「矯正治療を自分の医院でできないから指摘しない」という歯医者さんもいます。これも現実です。もちろん矯正治療はご本人が気にならなければやらなくてもよい治療です。ですから健診現場の判断で、何が正しく何が間違っているかの判断はできないと言っても間違いだとはいえないかもしれません。しかし、正しい状況でないこともまた事実だと思います。
最近、矯正歯科の初診で見せていただく患者さんの中に、「今まで学校健診でも歯科医院でも、不正咬合を指摘されたことはなかったが、私(親御さん)が心配になって連れてきました」というパターンが増えつつあるように感じます。そして、そういったお子さんたちが、早めの対処があったほうが良い場合も多いように思います。

結局のところ、咬み合わせの健診は、親御さんかご自身が、咬み合わせがおかしくないかが気になって、数件の歯医者さんを回って、信じられる先生の話を聞くのが一番良いのかもしれません。
と、一人ごととして思います。



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